熊本にて心機一転

アクセスカウンタ

zoom RSS 親友の死から約1年半

<<   作成日時 : 2018/02/09 06:35   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

時間が経つのはあっという間です。
2016年4月の熊本地震もあれだけ大変な事態だったのに、あっという間に時間も過ぎ、今や何事もなかったように熊本市内で当たり前の日々を過ごしてます。
ただ、去年はその熊本地震があったのもそうですが、凄く長く私にとって忘れられない3ヶ月間を過ごした年になりました。

それは、2016年6月にさかのぼります。
まだ震災の爪あとが残る熊本でしたが、少しづつ夜の街でも活気が出てきた時期でした。
仕事もぼんやりではありますが混沌とした4月〜5月に比べて当たり前にいろいろと依頼が来るようになってきてました。
そんなさなかに、大阪に出張に行く話がありました。
大阪の取引先さんで、システム開発の商談が出たので予定を組んで大阪に出張の段取をしました。

その段取していた時期にふと思い出したのが、もう5年以上連絡をとっていなかった大阪在住の親友のリュウちゃんのことです。
私にとって学生時代一番一緒に過ごした幼馴染で、保育園、小学校、中学校、高校と、殆どの時間をその幼馴染と過ごしたのではないでしょうか?
彼は大学から関西に出て、家庭の事情で地元を離れ社会人になってからはずっと大阪で過ごしていました。
そんな親友に無性に連絡を取りたくなり、また会いたくなってメールを入れました。
「6月末に大阪に行くけど、時間が合うならメシでも食べに行こう」
すると、そんなに間を空けずに彼から連絡がありました。
「すまん、今入院しとるんや。」
いったい何があったのかと思い、メールのやり取りを続けてみると、どうやら癌が見つかったらしく、その摘出手術を行ったとのこと。
気になった私は、6月末の大阪出張で半日時間をとってリュウちゃんが入院する病院までお見舞いに行くことにしました。

2016年6月30日大阪
出張二日目で何とか時間を作って彼の入院する病院まで足を運びました。
病棟で確認し、彼のいる病室へ。
声は元気そうですが明らかにやせ細った体。
もともと空手や器械体操などで体格の良かったリュウちゃんが思った以上に痩せていて驚きました。
休憩室で1時間ほど話をしました。
連絡は5年ぶりくらいに取ったのですが、実際に会うのはもう10年以上前のこと。
いつぶりだろう?あの当時・・・みたいな話を延々としながら、またそれぞれの身の上話をしながら。
あっという間に時間も過ぎつつ。痩せてはいましたが思いのほか元気で昔みたいな冗談も言い合えてホッと一息。
病状を聞くと、ちゃんと癌は全摘出したとのことで後は回復を待つだけというのでその場は安心して、また元気になったら一緒のメシでも食べに行こうと言って分かれました。

ただ・・・若い頃の癌と言うのは進行も早く転移するのも早いと聞きます。
気にはなりつつ、その時は彼の言葉を信じるしかありませんでした。

2016年7月1日熊本
出張から戻り、この日は仲間と一緒に街に飲みに出てました。
もう22時を回ったころでしょうか。地元の同級生から連絡が何度か電話に着信がありました。
珍しいなぁと思い、折り返してみると・・・リュウちゃんのことでした。
「あいつのこと何か聞いてる?」
と聞かれ、私は大阪にお見舞いに行ったことを話しました。
その後出た言葉は耳を疑う内容。
「リュウちゃんの癌、どうやら末期で余命3ヶ月らしいよ」
私は言葉を失いました。
いやおかしい、そんなはずはない。そう何度も自分に言い聞かせながら詳細を聞き、電話を切りました。
どうやら、私がお見舞いに行った直後に、奥さんを交えて彼が担当医に余命宣告されたらしいのです。
青天の霹靂でした。
その夜はホントに何も考えられず、お酒も進みませんでした。

それから数日、一人で考えても仕方ないと思い、同級生数名と連絡を取り合いました。
とりあえず一度、何人か誘って大阪に行こうという話しになり、7月末を目処に一度数人で予定を組むことにしました。

2016年7月24日大阪
同級生と連絡を取り合ったとは言え、なかなか家庭もあったり仕事もしてるので大阪に集まったのは3人でした。
熊本から私ともう一人。あと東京から一人駆けつけてリュウちゃんのお見舞いに行くことになりました。
この3人は中学時代にリュウちゃんも含めて全員同じ卓球部で過ごしたメンバーです。
まぁやっぱり、いざ駆けつけるとなると、ホントに身近だったメンバーになりますね。
前もって連絡をして、この日にお見舞いに行くことを言うと、どうやらその時期は自宅療養中だったので、住所を聞いて彼の自宅まで直接向かいました。
途中で3人で食事をしながら、さぁ会った時はどう声をかければいいか、いろいろと悩みながら。
そんな不安と言うのは幼馴染の絆が全て払拭してくれるものです。
自宅にお邪魔すると奥様との初対面。そんな事はそっちのけで、4人で話し始めたら昔話から近況報告など。20年以上の空白を感じさせない4人が楽しく話をして1時間程度の時間を過ごすことができました。
とは言うものの、実際は余命宣告された体・・・何度となく足を引きずりながらトイレに行き暫く経つと出てくる、そんなリュウちゃんを見ながら。
我々幼馴染には辛いところを見せないように気を配る彼なりの優しさを目の当たりにしながらホントは今にも泣き出しそうな私でした。
ホントはもう少し長居したかったのですが、やはり早めに出ようとその場を後にした我々。
帰り際はみんな目を潤ませながら新大阪駅で食事をし、改めて彼の病状の深刻さをかみ締めながらお好み焼きを食べて大阪を後にしました。

この日から暫く考え、また一緒に大阪に行ってくれた同級生と話をした結果、決断しました。
あまりこういう親身な話をみんなに公表するのもとは思いましたが、地元の同窓会で作っているLINEグループにリュウちゃんの現状や今後の可能性などを打ち明けることにしたのです。
その一番の理由としては、中途半端に噂を聞いてリュウちゃんに電話したりメールした対応が結構彼を傷つけてることを知ったと言うのもあります。
励ますつもりでメールした同級生もいたとは思いますが、ことの深刻さを理解していなければどうしても相手への伝わり方は心象を悪くするケースはあります。
それくらい彼が追い込まれていること、家族が必死なことを私は同窓会LINEでみんなに伝えました。
正直「こんなところでやめろよ」と思った人も多かったと思います。
自分も正直、第三者だったらそんな風に思ったでしょう。でも同級生達だし、きっと分かってくれる・・私はそう思って長々とした文面を流させてもらいました。

それに応えてくれた同級生が数名いました。
7月末でお盆も近かったので、是非お盆休みに会える人だけ集まって何かリュウちゃんにしてやろう。そんな思いで集まる約束を何人かと出来ました。

2016年8月13日球磨郡あさぎり町
同級生と連絡を取り合い、まずは6〜7名くらいだったかな。
思い出の免田中学校(今は廃校になり町の施設になってますが)駐車場に集合。役場職員をしている同級生にお願いして、立ち入り許可を貰い、そこで写真を取り捲りました。
教室、グラウンド、体育館、裏庭、廊下・・・リュウちゃんが少しでも思い出してくれそうな場所をみんなで写真取りました。
そして免田小学校に行ってそこでも校庭などを写真に納めました。
リュウちゃんとは特に小学校5〜6年で同じクラスになってから、毎日一緒に過ごす仲でした。
毎日昼休みになると仲のいい5人で日向ぼっこをしながら過ごす場所がありました。
いろんな思い出がよみがえります。
写真をある程度撮った、その夜は10人ちょっとで集まってプチ同窓会をしました。
人数は少なかったですが、彼のことを思ってみんなで集まったことは本当に嬉しい時間でしたね。

2016年8月30日大阪
私は再び大阪に行きました。
リュウちゃんがまた病院に入院したと言う連絡を貰ったのと、地元あさぎり町で仲良かった同級生が一人、大阪に行くと言うのでそれに合わせて私も大阪の出張を入れることにしたのです。
彼が入院する病院そばの駅で待ち合わせをして、同級生と二人で病院に行きました。
一度6月に行ってる病院なので私が手際よく面会の手続きを済ませ、二人で病室へ。
6月に行った時とは違い、リュウちゃんはベッドから起き上がる余裕もなさそうでした。
奥様がむくんだ足をさすり、この時はどんな体勢で寝ても座っても全身が痛いと言って、あの7月末の冗談を言い合う余裕もない状態だったのを覚えています。
横に寝るのもキツイってどんな状態なのか、彼の気持ちにもなれないくらい、声もかけれない状態と言うのを肌で感じました。
少しでも気持ちを紛らわせることが出来れば、それが自分のこの日の役割と思い、お盆に地元に帰った時の写真を見せながら思い出話を語り、たくさんの同級生から貰った手紙やメッセージを彼に伝えました。
他にも昔の写真や卒業アルバムも持って来て、少しでも学生時代の活発だった自分を思い出して、生きる活力にして欲しい、そんな思いでした。
ほんの数秒、数分、今の痛みを忘れることが出来たら。そう思いながら行ったことが、余命宣告された彼に対して正しかったことかどうかは今でも分かりません。
その時に幼馴染に自分にしか出来ない精一杯のことをしたかった。それだけなんでしょう。

2時間はいなかったかな?二人で病院を後にし、喫茶店でコーヒーを飲んで・・・リュウちゃんの余命が迫っているのを二人で実感しました。
そして、もう我々が出来ることもない、ホントにこんなにちっぽけな力しかないのかと言うのを感じました。

2016年9月9日熊本
日常と言うのは怖いくらいあっという間です。
この間、同級生とはいろいろとやり取りもしたし、たまにリュウちゃんにも連絡を取りました。
でも、他人が励ますことには限界があるのも分かっていて、これ以上突っ込めない、これ以上話を膨らませられない・・・そんなメールのやり取りは逆に仮に負担もかけるし。
そんな事を感じてる間にこの日が来ました。
金曜日の夜、この日は一人で過ごすのもなんか落ち着かないなぁと思って近所の居酒屋さんで一人で飲んでました。
一人とはいえまわりはにぎやかなので、何気に過ごしていると・・・リュウちゃんの従妹からメールです。
この従妹は、リュウちゃんが余命宣告をされた後、暫くしてから連絡を取るようになり、親戚として何か状況が変われば直ぐに連絡をして欲しいと言う事でやり取りしてました。
その従妹から一言「危篤状態です」と。
たぶん選る9時くらいだったと思います。
何度かメールのやり取りをすることになり、私は食事をしてた居酒屋で大泣きしそうになったので会計を済ませて自宅に戻りました。
その後・・・たぶん11時ごろだったと思います、リュウちゃんが息を引き取ったと言うメールが来たのは。
心の準備なんてよく言いますが、やはり大事な人が亡くなるときと言うのは、どんだけ万全の準備をしても泣くものです。
私は一人大泣きしました。意味もなく入院していた大阪の病院に電話もかけました(当然身内じゃないので取り付いてもらえず)。
次の日、前もって連絡先を聞いていたリュウちゃんの弟に電話をしました。
まぁ学生以来なので30年ぶりくらいじゃないですかね、話をしたのは。
私はその弟と電話で話をし、途中感極まり言葉が出ませんでした。当然家族の方がよほど辛いのに・・自分が泣いてどうするんだ、励ますんじゃないのか。そんな思いながらも言葉が出ません。今となっては前夜からあんなに泣いた日は母が亡くなったとき以来でしょう。

2016年9月11日大阪
私はリュウちゃんのお通夜に行くことにしました。
中学、高校の同級生から香典を預かり、大阪に一人で行きました。
大阪では高校で仕事をしている同級生と連絡を取り合い、二人でお通夜に行く事になります。
その彼と会うのも20年ぶりですが・・・この数ヶ月で幼馴染、同級生とこうして再会できる場を作ってくれたリュウちゃんには感謝しないといけないでしょうね。ホントに凄く凝縮された数ヶ月だと感じました。
二人で駅で待ちあってお通夜をやってる自宅へ。
7月にお見舞いで行った自宅ですが、あの時とは違った雰囲気。
リュウちゃんが眠る棺が目の前にあり、私は手を合わせ彼の顔をじっと見つめました。
ただ眠っているような、安らかな顔をしてます。
8月末に病院で見た辛そうな表情からは想像出来ない安らかな顔を見て、私はホッとしました。
これでゆっくり眠れるんですね・・・奥様と二人の会話をさせてもらいました。
自宅ではホントに久しぶりに会う弟二人やお父さん。
保育園時代からいつも会ってたリュウちゃん一家、こういう形でこの家族と会うとは私も思いもよりませんでした。
リュウちゃんに成り行きで貸していた高校の卒業アルバムを、親戚の方に手渡されましたが「そのまま彼に持たせてあげてください」と言いました。少しでもいい思い出を持って旅立って欲しいと思いました。

一緒にお通夜に付き合ってくれた同級生と二人で、自宅を後にし、久しぶりの再開だったので食事をしました。
正直、美味しいもの食べるって雰囲気ではなかったのですが・・・
そんな言ってても仕方ないです。と言う事で串カツが食べれるお店で一緒に飲みました。
話の8割は当然リュウちゃんの話でしたが、それでも涙を流さず、二人で彼の学生時代の楽しかった思い出を語り合いました。
意外と二人が見てる彼のイメージが違ったり。これも供養の一つなんでしょうね。
一人で行ってたらどんだけ辛い1日だったか。
付き合ってくれた同級生に感謝でした。

それから数日・・・
私はこの日のことをまたLINEグループに流しました。
同窓会メンバーがどう受け取ったかは分かりませんが、ちゃんと感じ取った人たちはいました!

2016年9月18日球磨郡相良村
この前日に同級生十数名で集まって飲んでました。
偶然集まっただけなのか、それは分かりませんが、その時当然リュウちゃんの話題にもなりました。
でこの日は相良村にあるリュウちゃんの弟の家でお別れ会が開かれ、それにみんなで参加させてもらいました。
同級生は20人以上は集まってくれたと思います。
ホントにみんなに慕われてたんだなと実感しました。
この日は湿っぽい話は無しです。
学生時代の楽しかった話、社会人になってからの同級生の笑い話など。
賑やかな会になったと思います。
リュウちゃんもきっと降りてきてみんなと話したかっただろうね。



この時期の数ヶ月は、なんかあっという間でそれでいていろんな人たちと再会したり、最近ご無沙汰だったメンバーと真剣に話をしたりと、不思議な時間でした。
これまでずっと仕事仕事で、プライベートなことが一切ないくらいの日常だったのに、それがイッキに変わった気がします。
こんなことって正直、二度と来ないでくれっ!!て言いたくなる出来事ではありますが、これからいくつも経験することでもあるのかもしれません。
この年は仕事でもいろいろと大変な一年だったことを記憶してますが、彼が「それくらい大したことない、前向いていけ」って背中を押してくれてる気がする一年にもなりました。
1年半経ち、1月の同窓会でも彼の話題になりましたし、同級生数名で墓参りにも行きました。
きっとこれからも私のことを見守ってくれる事でしょう。
リュウちゃん、また会おう。



食べログブログランキングと言うのがあるらしいので参加してま〜す(^^)/ 凸ポチよろしくですm(_ _)m
食べログ グルメブログランキング

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
親友の死から約1年半 熊本にて心機一転/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる